
長谷工グループは2023年4月にD&I推進室を立ち上げました。
従来から女性活躍推進に力を入れてきた中で、現在のD&Iはどのような展開を見せているのか。
長谷工グループでD&Iを牽引する社員の方々に話を聞きました。

樋口 厚子長谷工コーポレーション
都市開発部門
都市開発事業部
副事業部長

牲川 聡美長谷工コーポレーション
都市開発部門
都市開発事業部
データセンター推進室
営業チーム

柳下 匡平長谷工コーポレーション
設計部門
エンジニアリング事業部
第1設計計画室1チーム
チーフ

グエン ティ トゥ フェン長谷工シニアウェル
デザイン
運営2部BC大宮ケア

国井 大輔長谷システムズ
オフィスサービス部門
第1設計計画室1チーム
営業2部第1チーム

犬塚 道康長谷工コーポレーション
建設部門
第二施工統括部 建設2部
特任所長

掛橋 佳代長谷工コーポレーション
経営管理部門
人材開発部
D&I推進室
チーフ
掛橋長谷工グループはもともと多様な職種の多様な人材が組織を支えており、その意味ではD&Iを進める土壌はすでにできていると言えます。年々、制度改正を含めて働きやすい環境づくりも進展しています。本日は、それぞれの現場で皆さんがどのように活躍されているのか、仕事に対する思いや今後に向けた意気込みをお聞きします。
―樋口さんは、都市開発事業部の副事業部長として活躍されています。2018年の女性活躍推進プロジェクト幹部編から、営業職の女性活躍推進を牽引して頂いています。もともと営業職は女性があまり多くない職種だったのですが、どのような思いで仕事を続けてこられましたか?
樋口入社当時は営業職を希望したわけではなく、たまたま配属先が営業職でした。当時は確かに、男性に比べて女性の人数は少なかったのですが、男女の隔たりを感じることなく、新入社員の私に対しても先輩社員の方々が丁寧に指導してくれたおかげで、楽しく仕事ができました。 職場では担当するお客様から喜んでもらいたいという一心で、一生懸命にチャレンジし続けてきました。その後、結婚・出産・育児を経験して、いまは一段落していますが、これまで肩肘張らずに自然体でやってこられたと思っています。

―仕事と家庭の両立はいかがでしたか?
樋口「限られた時間の中で、数字はどうしても達成したい。」というなかで心がけていたのは、優先順位を決めて効率を高めていくことです。家族のために時間を使うことも必要で、睡眠時間が削られたり、自由に使える時間は少ないですが、美味しいものを食べたり、職場の人とカラオケに行き気分転換をするなど、自分なりに工夫をしていました。 家庭も仕事も一生懸命やりますが、完璧を求めすぎないこと。仕事と子育ては長距離走なので完璧でなくてもいい、と割り切ることが大切だと考えています。
―育休を取られて職場に戻られたとき、ご自身の中で何か変化はありましたか?
樋口育休は1年取りましたが、仕事の感覚はすぐに戻りました。家庭と仕事を両立することで視野が広がったという発見があります。講演会やセミナー、保育園などで会う“お母さん”たちには優秀な方が多く、大きな刺激を受けています。また、子育てをしている人は「こんな視点でマンションを探しているのか」という発見もありました。 かつては、お客様にとって男性の方が信頼できるというイメージがありましたが、仕事で信頼感を得るのに男女の差はなく、もはやそんな時代ではありません。お客様に「樋口に担当してもらってよかった」と思ってもらえるかどうかが重要なので、そう言っていただけるように、責任感を持って仕事をしています。

―牲川さんは、樋口さんと同じ都市開発事業部で働いていらっしゃいます。間近で樋口さんの仕事ぶりを見ていてどう思われますか?
牲川都市開発事業部は、通常とは異なる仕事が多く、社内調整に時間がかかりますが、樋口副事業部長はどうしたら問題点を是正できるのかというシナリオを迅速に立て、それに向けて社内を動かしていく。その“推進力”が素晴らしいと感じています。
もう一つは、お客様とのコミュニケーションのなかで、女性ならではのクイックレスポンスときめ細やかな気遣いをとても大事にされています。お客様の信頼を勝ち取っていくコミュニケーション力を習いたいと考えています。
―異なる職種から異動をして今の部署におられると伺っております。営業職として、仕事をしてみてどうですか?
牲川私は一般職として事務仕事をしておりましたが、総合職に転換し現在の部署に異動してきました。最初は用語を覚えるというところからスタートしましたが、昨年、マンションのコンペ案件に取り組んだ中で、メンバー全員が一体となって多くの苦労を乗り越え受注した時は、大きな手応えを感じました。このコンペによって街が変わっていくという実感もあり、受注の達成感とともに、営業の仕事のやりがいを感じました。
―今後営業職の女性社員は増えていくと思いますが、課題はありますか?
牲川女性ならではの悩みというか分からないところ、不安なところがあると思うので都市開発事業部にいる新入社員を含めた女性社員の交流会を行っています。女性のロールモデルが少ない職場なので、ときには外部の講師や先輩方を招いて経験談を聞き、この先のキャリアに対する漠然とした不安を解消してあげられたらな、と思っています。
―柳下さんは、エンジニアリング事業部という多忙な部署で働いていらっしゃいます。その一方で、いち早く男性育児休暇も取得されています。男性育休を取られたきっかけを教えてください。
柳下当時は男性が育休を取るという雰囲気が、社内はもとより社会全体にありませんでした。そのような中、育児休業の取得を考えたきっかけは、次男の出産時に長男の育児を誰がするのか、という現実的な問題に直面していました。私自身、平日は朝から晩まで職場にいましたし、祖父母にすべて任せるというのも難しかったため、思い切って1週間の育児休業を取りました。本来であれば1カ月間くらい取得すればよかったのかもしれませんが、まだそれを言い出す空気感はありませんでした。しかし、その後は後輩たちがわりと積極的に男性育休を取得するようになり、その点では、良い先駆けになれたのかなと思います。

―いまは役職者として、仕事と育児を両立されている時期だと思います。両立は大変だと思いますが、部下の方たちとのコミュニケーションの取り方や、ご自身のタイムマネジメントなどで工夫されていることはありますか?
柳下自分の退社時間とか在宅勤務の有無は事前に共有し、そのうえで相談や指示出しをするようにしています。昔は皆夜遅くまで働くのが当たり前だったので報告や相談も夜やればいいやと思っていたけれど、時間に制約ができたことで効率よく時間を使うよう意識するようになりました。自分自身、忙しくて通勤時間も短縮したいときに在宅勤務を利用しているのもあって、部下にもあまり気兼ねなく在宅勤務やリモートワークは活用してほしいと思っています。
―育児期の社員がより活躍するためのアドバイスがあればお願いします。
柳下設計部門は繁忙度が高いわりに、男性育休を取得する人が、他部門に比べて比較的多いと感じています。最近は若い社員が1ヵ月の育休を取るケースもありますが、その分の仕事は周りの社員たちでカバーしています。だんだんと世の中も考え方も変わってきたので、皆が「頑張れよ」という感じで、育休を取る仲間を送り出しています。自分は育休を取得して、育児を楽しめたことに加え、設計という視座においても、「子どもがいる安全な家づくり」という気づきや視点を持てるようになりました。
長男のときに育児休業をとれなかった後悔と、次男の時も今となってはもっととれば良かったなという後悔があるので、社内全体にもっと育児参加への希望を言い出せる雰囲気が広がってほしいなと思います。

―グエンさんは現在、介護付き有料老人ホーム「ブランシエール大宮公園」で仕事をされています。日々、具体的にどのようなお仕事をされているのでしょうか。
グエン私は「ブランシエール大宮公園」でご入居者様の生活をサポートしています。具体的には食事や入浴、排泄などの介助です。仕事で大変なのは日本語を覚えることで、一緒に働いているスタッフから仕事の専門用語などを教えてもらいますが、ときどき入居者の方からも日常生活で使う日本語を教えてもらいます。職場では皆とてもいい関係を築いています。
―仕事をしている中で、やりがいを感じること、嬉しかったことなどはありますか。
グエン仕事だけでなく生活に関しても、皆さんがいろいろ優しく教えてくれるので助かっています。昨年、育児休業で一度ベトナムに帰国したのですが、戻ってきたときに入居者の方から温かく迎えてもらい、とても嬉しかったです。いま家族はベトナムにいて、両親が私の子どもの面倒を見てくれています。会えなくて寂しいときもありますが、ベトナムにいる家族には毎日テレビ電話をするなど、コミュニケーションは欠かしていません。この施設では、人々が触れ合い、助け合いながら生活をしています。私にとって、そのことが一番の仕事のやりがいになっています。
―国井さんは、障がい者の雇用・活躍に取り組む、特例子会社の「長谷工システムズ」にお勤めになっています。日々の仕事内容について教えてください。
国井私の仕事は、クライアントからの注文を受けて販促ツールやダイレクトメールに使用するデータの変換や加工などを行う仕事です。多いときには1日500件の注文を捌かないといけないので、スピードや正確さが求められます。この仕事をはじめて9年目になりますが、現在は南砂町のオフィスに勤務しています。
南砂町のオフィスは完全にバリアフリーの設計になっていて、車いす用のトイレも多くあり、また駐車場には屋根があり濡れないように配慮されています。このような設備だけでなく勤めている人も障がいに理解があり、声がけや助けていただくことも多く、とても働きやすい職場だと感じています。

―会社で実施している有志のDX研修にもご参加されていると伺います。取り組みについて教えてください。
国井もともと興味があり、自分で関数やプログラミングなどを勉強していました。そうした技術を習得した上で、いま自分たちの業務内容をDX化できないかと考え、他企業におけるDXの成功事例や失敗事例を参考にしながら、グループでアイデアを出し合い、ディスカッションを重ねているところです。最終的には業務の中で実現できそうなプランに落とし込み、経営層に対してプレゼンをする予定です。
よい提案ができれば、グループに展開することもできるかもしれないので、グループ全体の効率化に寄与できればいいなと思います。

―犬塚さんは定年後も、特任所長としてご活躍いただいております。長年現場で働かれてきた中で、とくに印象に残っているエピソードはありますか?
犬塚私は今年68歳になりますが、65歳でいったん定年退職した後、シニア人材の活躍推進ということもあり、再び仕事の場を与えてもらいました。
現役時代は、現場職を長年担当してきて、部長になってからの現場のエピソードもたくさんあるのですが、やはり、2011年の東日本大震災の時の出来事は印象に残っています。当時、750戸ほどの大手総合デベロッパー物件を扱っており、引き渡しの2週間前に震災があり、急遽再検査を行うことになりました。実は震災の1週間前、他の施工統括部で、同じデベロッパーの別物件を引き渡したばかりで、こちらは引き渡し後でしたので、長谷工コーポレーション社員等が自由に入って検査などはできず、デベロッパーの了解を取り、調査に入りました。私たちは緊急事態の時でもとにかく俊敏に動いて信頼を勝ち取ることがいかに大切かということを学びました。
―後進に伝えていきたい長谷工のDNAとは何でしょう?
犬塚現場をやっていると結構失敗するものです。最後に引き渡すことができることが成功と言えますが、引き渡しまでの過程では、大きな失敗も小さな失敗もあります。営業系も技術系も同様に、長谷工には失敗をおそれずチャレンジすることを応援する文化が脈々とあります。若いうちから、何十億円、何百億円という案件を手掛けるわけですから、ものづくりに関しては、ものすごく真剣であり愚直でもある。世の中が大変な時にこそ、その真価が発揮される。この「ものづくりに対する愚直さ真剣さ」が長谷工のDNAだと考えています。後進の若い人たちも、その長谷工のDNAをぜひ受け継いでいってほしいと思います。
―ご自身としては、何歳まで働きたいと考えていますか?
犬塚もともと65歳で定年退職しましたから、先のことはあまり考えていません。現在は新築の現場や解体の現場など仕事がたくさんあり、とくに解体現場はこれまでの経験の蓄積で対応できる部分が大きくシニア人材でも活躍できる機会は多いと感じています。求められる限り自分の体力が続く限り働きたいと思っています。
掛橋D&I推進室としては、今後も多様な社員がお互いを認め合いながら、「個性」を発揮し「働きがい」を持って活躍できる、環境づくり・会社づくりを進めていきたいと考えています。
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