
建設現場と聞いて、皆さんはどのような光景を思い浮かべるでしょうか。巨大なクレーン、熟練の職人たち、そして次々と運び込まれる資材。その中でも「コンクリート」は、現代の都市づくりにおいて欠かすことのできない、最も基本的な素材の一つです。
昨今、あらゆる産業で脱炭素への取り組みが加速していますが、建設業界も例外ではありません。しかし、「環境に配慮した素材」の導入には、コストや製造の手間の増加といった課題がつきまとうことも事実です。そうしたジレンマに対して長谷工が導き出したのは、環境配慮と現場での実装のしやすさを両立した環境配慮型コンクリート「H-BAコンクリート」です。
このコンクリートの最大の特徴は、製造時の二酸化炭素(CO2)排出量を削減しながらも、現場での使い勝手が従来のコンクリートと「まったく変わらない」という点にあります。建物に使用するにあたり、特別な設備も、複雑な施工管理も必要としない。だからこそ、無理なく普及させることができるのです。
今回は、それぞれ異なる立場からH-BAコンクリートの開発に関わった4名に、開発から実装までのストーリーを聞きました。
物語の起点は、長谷工コーポレーションの技術研究所にあります。発案と技術開発を担当したのは、建築材料の研究を行う金子樹さん。金子さんは、長谷工グループが抱える「責任」について、次のように語ります。
金子さん「マンションは、生コンクリート(以下、生コン)を大量に使用する建築物の一つです。長谷工は日本で一番マンションをつくっている会社ですから、建築分野では日本で最も多くの生コンを使用していると言っても過言ではありません。これだけの量を扱っている私たちが変わらなければ、業界全体の環境負荷低減は進まない。そう考えていました」
さらに金子さんは、コンクリート業界が長年向き合ってきた歴史の延長線上に、今回の挑戦があったといいます。
金子さん「コンクリート業界は、昔から資源循環や廃棄物削減に関するさまざまな技術が開発・実用化されてきました。そのため、コンクリート業界にとって、環境を考えることは決して珍しいことではありません。そうした中で、世界的にCO2の排出量削減が大きな課題になるということは、10年以上前から業界内で議論されていました。コンクリートは、材料となるセメントを製造する際に多くのCO2を排出します。それならば、長谷工らしい技術で製造段階におけるCO2排出量の削減にも挑戦していくべきであると思ったのです。それが開発の原動力でした」
技術的な側面だけで見れば、世の中にはすでにCO2排出量を60%以上削減できるような高い環境配慮性能をもつコンクリートも存在します。実際に、長谷工の研究所でも、そうした技術を開発しています。しかし、金子さんが社会実装に注力したのは、あえてCO2削減率を約20%に抑えた「汎用品」をつくることでした。
金子さん「CO2を60%削減するようなコンクリートは、環境配慮性能が高いぶん、設計や製造、施工も大変になってしまいます。しっかりと対策をし、特別な工事としてこうしたコンクリートを使っていくことも一つの手だと思います。
一方で、長谷工はコンクリートを大量に使う会社。つまり、コンクリートを施工することは私たちにとって『日常』です。その日常の中で脱炭素に取り組める環境をつくることが、最終的に最も大きな効果につながるのではないかと考えました」
そのために採用したのが、一般的なセメントと、製造時のCO2排出量の少ない高炉セメントB種の2種類を併用するという手法でした。
金子さん「本来、環境配慮型のセメントは初期強度が発現しにくく、耐久性能が低下するなどの弱点があり、工期がシビアかつ高い耐久性能が望まれるマンションの地上階には使いにくいとされてきました。しかし、これを通常のセメントと適切なバランスで組み合わせることで、扱いやすさと環境性能を両立させることに成功したのです」
金子さんが目指したのは、一部の特別なプロジェクトのための技術ではなく、すべてのマンション建設で「標準」として使える技術でした。
金子さん「これまでの環境配慮型コンクリートのように、『これを使うには特別な準備が必要になる』と言いたくなかったんです。街中の生コン工場でつくることができ、これまでと同じ工程で施工できるものをつくることが絶対条件でした」
日常的に大量のコンクリートを使う長谷工だからこそ、あえて「60%削減の特殊品」ではなく、「20%削減の汎用品」をつくる。その選択が、のちの普及スピードに大きく影響することになります。

H-BAコンクリートにおいて金子さんがこだわった「汎用性」は、実際にコンクリートを製造する工場側に大きなメリットをもたらしました。
はじめて採用する物件でH-BAコンクリートの製造を担ったのは、首都圏を中心に生コンの製造・販売を展開する株式会社内山アドバンス。千葉県浦安工場の工場長を務める多田佳史さんは、従来の環境配慮型コンクリートが抱えていた、製造現場ならではの「苦労」について語ります。
多田さん「一般的に、環境配慮型コンクリートは材料の調達からコンクリートの出荷までの管理に手間がかかるなど、製造が大変な傾向があります。また、基本的に地下部分にしか使えないこともネックでした。たとえば、一つの現場で地下工事が終わってしまうと、また同じゼネコンで使う現場がない限り、材料の在庫が余ってしまうのです」
何ヶ月も出荷先がなければ、その材料は廃棄するしかありません。その点において、H-BAコンクリートは画期的でした。
多田さん「H-BAコンクリートは汎用品として建物の地下部分から地上部分まですべての階で使うことができるため、在庫が余る心配もありません」
当初、工場側には「また新しい環境配慮型コンクリートか」という消極的な声もありました。しかし、その「つくりやすさ」が広く理解されるにつれ、「これならつくってみたい」と手をあげる生コン工場が増えていったといいます。
製造現場に無理をさせない技術設計が、結果として供給体制の拡大を後押ししたのです。
技術的な裏付けと盤石な製造体制を整えたH-BAコンクリート。しかし、実際に建物の構造部材として使用するためには、その安全性を公的に証明できなければなりません。
特に、長谷工コーポレーションの事業の中心であるマンションにこのコンクリートを使用するためには、単に日本産業規格(JIS)に適合するだけでなく、住宅としての品質を保証する「住宅の品質確保の促進等に関する法律(以下、品確法)」や「長期優良住宅の普及の促進に関する法律(以下、長期優良住宅促進法)」に対応するため、国土交通省による特別認定や第三者機関の証明を取得すること、そして取得した認定や証明を用いてハードルの高い法的手続きをクリアする必要がありました。
この手続きを推進したのは、エンジニアリング事業部構造計画室の奥本拓也さん。奥本さんは、実装までの道のりを次のように振り返ります。
奥本さん「日本でもすでに建物に使用されている環境配慮型コンクリートはありましたが、H-BAコンクリートの場合は複数のセメントを併用するという手法が目新しかった。そのため前例がなく判断材料が乏しいという理由で、行政や審査機関は慎重に判断せざるを得ない部分があったのです」
前例がないなら、つくるしかありません。奥本さんは、審査機関に何度も足を運びました。
奥本さん「建物に使用する材料としての性能や製造方法は建築基準法に適合していること。それを審査機関の方々に、納得いただけるまで粘り強く伝え続けました」
安全性を証明するためには、実績をつくることも欠かせません。
奥本さん「まずは建築基準法の対象にならない『外構(がいこう)』と呼ばれる部分にH-BAコンクリートを採用しました。実績をもとに、施工管理が従来と変わらないことに加え、経年変化のデータなどを一つひとつ提示していったのです」
そんな地道な対話と実証を重ねていくことで、審査側の懸念を一つひとつ払拭し、徐々に実装への道が開かれていったと言います。
さらに、奥本さんにはゆずれない視点がありました。
奥本さん「マンションを主力とする長谷工だからこそ、建築基準法への適合だけでなく、お客様へ品質や性能を客観的に示すことも重要だと考えていました。
その一つの答えが、品確法による住宅性能表示制度や長期優良住宅の基準に対応できる環境配慮型コンクリートでした。こうした基準に対応した環境配慮型コンクリートは当時ほかに例がないものでしたし、まさに長谷工ならではの視点を技術として形にすることができたと感じています」
一方で、建設部門技術部の児玉洋史さんは現場を近くで見ている立場。現場を担う職人たちは、新たな材料や技術に対して心理的な抵抗を抱くことも少なくないそうです。児玉さんは、H-BAコンクリートを使用するにあたり、それをいかになくすかに心を砕いてきました。
児玉さん「スムーズな工程管理が求められる建設現場において、特別な対応を強いる建材は、『現場の動きを止めてしまう』という理由から、どうしても受け入れられにくい側面があります」
だからこそ、児玉さんは徹底して「変わらないこと」を目指してきたと話します。
児玉さん「現場でそうした反応が起こらないように、『環境に配慮したコンクリートをつくるのであれば、今使っているものとまったく同じ使い勝手で使えるものをつくってほしい』という要望を、以前より技術研究所に共有していました。
そして、金子さんはそれに応える形で現場の苦労がまったくと言っていいほどないものをつくってくれました。そのおかげで、現場では普段通りの施工手順でコンクリートを施工することができています」
実際に職人さんに感想を聞いても、「今まで使っていたものと特に変わらない」という答えが返ってくるそうです。
児玉さん「現場では本当に、H-BAコンクリートなのか普通のコンクリートなのかを忘れてしまうくらい、自然な状態で提供できていると感じています」
現場からの「反応がない」ということ。それは、H-BAコンクリートが現場の日常に完全に溶け込んだという、最高の称賛でもありました。
多角的な連携を経て、開発から実装へと至ったH-BAコンクリート。2026年1月現在、関東・関西圏の分譲マンションを中心に、その採用実績を着実に広げています。
しかし、金子さんは「まだまだ道半ば」と語ります。まずは、2030年までに長谷工が施工する全現場の50%で導入を目指すこと。さらに、その先に目指すのは、H-BAコンクリートが「当たり前の選択肢」になる未来です。
金子さん「現在はコスト面で課題がありますが、H-BAコンクリートが当たり前の選択肢になっていけば、その壁も乗り越えられると考えています。そのためにも、このコンクリートのさらなる普及に力を入れたいと思っています」

最後に、今回のプロジェクトを通して見えてきた長谷工の強みや、事業を通して持続可能な未来をつくるための土壌について、長谷工の3名からメッセージをもらいました。
児玉さん「技術開発においては、現場で使う人たちのことを考えて開発することが大事だと考えています。どんなに環境面で優れた技術も、使いづらければ誰も使ってくれません。ですから、異なる立場への想像力を働かせ、その観点において妥協しない──これが、良いものをつくるために必要なことだと思います」
金子さん「長谷工の強みは、一つの技術をさまざまな現場で使っていく『水平展開』が得意なところです。現場の方々と会話する中で、研究のヒントをもらったり、逆に現場の人に技術を理解してもらったり。そうした有益な関係を若い頃から築き、さらなる変化を起こしていってほしいなと思います」
奥本さん「長谷工には、部門にとらわれずに、『世の中の役に立つ新技術を実現したい』という思いのもと、お互い知恵を出し合って良いものをつくっていこうとする土壌があります。
今回のH-BAコンクリートがうまくいったのは、新たな挑戦をする人の熱意が連鎖し、『みんなでやろう』となった、その結晶だと思います。それぞれの分野で優れた技術力を持つ人材が揃っていますから、その知見を共有し合うことで、サステナブルな社会を実現可能にするためにより良い『ものづくり』ができると信じています」
未来の環境と、今日の現場で働く人々。4名のお話からは、その両方に思いをはせ、責任を持とうとする姿勢が伝わってきました。相反しがちな課題を対立させるのではなく、両立の道を探り続ける。こうした歩みの積み重ねが、長谷工らしいサステナビリティの輪郭を形づくっていくのかもしれません。

金子 樹さん
株式会社 長谷工コーポレーション 技術推進部門
技術研究所 建築材料研究室 チーフ
2010年長谷工コーポレーション入社。建築材料に関する技術の研究開発を担当している。建設業界にとどまらず、材料メーカーや製造者から建物のユーザーまで、サプライチェーン全体で良さがつながる技術を目指している。コミュニケーションはお酒から。

奥本 拓也さん
株式会社 長谷工コーポレーション 設計部門
エンジニアリング事業部 第1構造計画室 室長
1998年長谷工コーポレーション入社。構造設計業務を担当し、近年は木造・木質化にも取り組む。住まう方の日々の安心につながるよう、「長谷工品質」にこだわった構造設計を心掛けている。休日は、少しハード目な音楽を聴きながら車で遠出することでリフレッシュしている。

児玉 洋史さん
株式会社 長谷工コーポレーション 建設部門
技術部 テクニカルエンジニア
2002年長谷工コーポレーション入社。躯体工事全般の品質管理を担当している。お客様が住まう建物の品質を確保することを大切に、日々の業務に取り組んでいる。

多田 佳史さん
株式会社 内山アドバンス
東京事業部 浦安工場 工場長
2003年内山アドバンス入社。生コンクリートの製造を担当している。自分たちが関わった建物で、住む人や働く人が快適に過ごせるよう取り組んでいる。最近始めた月1回のゴルフラウンドが楽しみ。
写真撮影:Chikako Togo
長谷工グループのサステナビリティ
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